ATTIC MUSIUM

神奈川大学
日本常民文化研究所
Institute for the Study of Japanese Folk Culture Kanagawa University

講座と展示

展示

神奈川大学展示ホール

 日本常民文化研究所は「海」の視点から日本文化をとらえる重要性に早くから着目してきました。
 神奈川大学日本常民文化研究所展示室では、本研究所の活動の歴史と今後の展望をパネルで紹介するとともに、収蔵資料を展示しています。
 企画展示室「和船・神奈川湊・横浜港」では、横浜と和船の関わりや弁才船を中心とした和船の特徴を、船舶模型・船大工道具などの資料とパネルで紹介します。

[会場]神奈川大学横浜キャンパス 3号館展示ホール
[開館]月~土曜日 10:00~17:00 ※入館は16:30迄
[休館]日曜日・祝日、大学所定の休日、夏季休暇期間・冬季休暇期間、授業以外の土曜日

神奈川大学 日本常民文化研究所 展示室

 日本常民文化研究所は1921年渋沢敬三により創設されて以来、民具の収集・分類・古文書の収集・整理、漁業史研究など、日本常民社会の多様な領域を対象とし、他に類を見ない独創的業績を上げてきました。
 1982年大学の付属研究所として再出発した後も、伝統を受け継ぎつつ学際的・国際的研究センターとして一層の発展を見せています。この展示室ではその先駆的活動の歴史と今後の展望を探ります。

 展示は「渋沢敬三とアチックミューゼアム」、「アチックミューゼアムに集う人々」、「アチックミューゼアムの活動」、「アチックミューゼアムから財団法人日本常民文化研究所へ」、「神奈川大学日本常民文化研究所としての再生」、「歴史民俗資料学研究科の創設」「学際的・国際的なひろがり」のコーナーへと進みます。

 

収蔵資料ケース展示

 この展示室の展示ケースでは、研究所の収蔵資料を紹介しています。展示替えは前期・後期の年2回行っています。

収蔵資料「大地震となまず絵」
[会期]2019年10月1日~11月30日(予定)


鯰を押える鹿島大明神

 江戸時代末期の安政年間(1854~1860)は、黒船が来港して外国から相次いで開港を迫られるなど、日本は多難な状況下にありました。さらに全国各地で大きな地震が頻発し、なかでも安政2(1855)年10月2日午後10時ごろに、関東地方南部で発生したマグニチュード7クラスの地震は、安政江戸地震と呼ばれ、倒壊家屋1万5000戸以上、犠牲者1万人以上と推定されています。
 そのようななか、江戸の町では風刺版画であるなまず絵が多数出回りました。地震の発生直後から出回ったなまず絵には、地震に関するうわさ話や社会批判などが、擬人化されたなまずとともにダジャレやユーモアをもって描かれており、江戸の庶民の間にまたたく間に広まりました。およそ2ヶ月の間に250種以上の作品が作られたといわれています。
 本展では常民研が所蔵するなまず絵を紹介します。大地震を経験した江戸の庶民が、地震をどのようにとらえたか、地震による出来事に対する心情がどのようであったか、を感じていただきたいと思います。


  • 会場の入り口。ガラスケースに展示されています

  • なまず絵それぞれにタイトルが付けられています

  • 地震直後鹿島大明神・要石に願う人々(要石を背負う鯰)

  • 御教小屋の設置・復興事業開始 損をした金持ちと儲けた職人の対比(江戸鯰と信州鯰)

  • 地震直後 鹿島大明神・要石
    (鯰と要石)

  • 御教小屋の設置・復興事業開始 損をした金持ちと儲けた職人の対比 
    鯰のけんくわ(なまずの喧嘩)

  • 御教小屋の設置・復興事業開始 福神鯰 弁慶なまづ道具

企画展示室 企画展「和船・神奈川湊・横浜港」

展示パネルの大判写真の魅力をご覧ください


パネル展示コーナー
右から鎌倉時代の廻船、菱垣廻船、中国船(各10分の1模型)
右から鎌倉時代の廻船、菱垣廻船、中国船(各10分の1模型)

 2019年3月に企画展示室の一部展示替を行いました。企画展示室はこれまで、和船の構造と帆走技術を中心に展示してきましたが、入り口部分の展示パネルを和船の帆走技術から、横浜と和船の関わりに変更しました。展示タイトルも「和船・神奈川湊・横浜港」とし、近世の神奈川湊と近代以降の横浜港と船を取り上げました。
 横浜港は1859(安政6)年に開港し、日本を代表する国際港湾都市に発展しました。しかし、この「開港」以前から神奈川湊が重要な湊として機能していました。特に江戸時代初期には江戸に送られる物資の多くは、神奈川湊で小型船に積み替えられていました。大型船の停泊地が品川に移ってからも、神奈川湊は日本各地をむすぶ湊として機能しました。
 展示パネルでは近世の神奈川湊、ペーリー提督の上陸から横浜開港、国際貿易港として発展する横浜港の様子を、写真を中心に紹介しています。展示替に当たっては、展示パネルに横浜開港資料館、神奈川大学図書館の所蔵資料を利用させていただいています。印刷物などで目にする機会のある資料ですが、大きく引き延ばされた写真は、迫力満点で細部までじっくり観察すると、これまでとは違った「気づき」が期待できます。
 一例をあげると、港湾荷役に活躍する艀(はしけ)ですが、明治時代中頃までは和船構造の艀が使われていますが、明治時代の末頃には洋式構造の艀に変わっています。また、写真パネルに合わせて、一部模型の入れ替えも行いました。菱垣廻船や中国船、船大工と和船建造など、従来の展示と合わせてご観覧下さい。
 また、地下1階ロビーには近藤友一郎氏が制作した100石(15トン)積弁才船の実物大部分復元模型が展示されています。


  • 企画展「和船・神奈川湊・横浜港」会場入口
  • パネル展示コーナー
    横浜港「象の鼻」の艀(はしけ)和船構造から洋式船構造に変化

  • パネルは川・運河に係留される艀と五大力船
    模型左:神奈川県の打瀬船・右:五大力船(製作:近藤友一郎氏)
  • 左から中国船、菱垣廻船、鎌倉時代の廻船(各10分の1模型)
    左から中国船、菱垣廻船、鎌倉時代の廻船
    (各10分の1模型)
  • 100石(約15トン)積の弁才船実物大模型
    100石(約15トン)積の弁才船実物大模型
  • 江戸時代の設計図をもとに帆柱部分を実物大で復元
    江戸時代の設計図をもとに帆柱部分を実物大で復元

近藤友一郎氏

 昭和3年(1928)、焼津(静岡県)にある近藤造船所、二代目船大工の父・佐吉の長男として誕生した。15歳で焼津造船所に船大工見習いとして入社、29歳で独立し近藤造船所を再興。静岡県相良町大江八幡宮の船祭で見た弁財船の模型の精巧な造船手法に感動し、伝統的な和船模型の製作を志す。平成元年(1989)、近藤和船研究所を設立。和船模型の製作、展示とともに関連資料の調査・収集を行なう。平成16年(2004)、「現代の名工」に選出され「卓越技能章」受賞、2年後「黄綬褒章」を受賞。満79歳にて逝去。