神奈川大学日本常民文化研究所

調査と研究

基盤共同研究 日本常民文化研究所所蔵の川田順造文書を用いた 西アフリカ史・人類学史に関する基礎的研究

「第14回資料調査」

日程:2026年3月26日(木)~27日(金)
調査先:日本常民文化研究所
調査者:池邉智基、神代ちひろ、平山草太

  • 作業風景
  • フィールドノートをもとに川田がファイル化した書類群(資料番号107-5_テンコドゴ関係)
調査計画書「日本における文化変化研究のための調査計画」
(1958年11月)

 2026年3月26日と27日に実施した、第14回資料調査では池邉智基、神代ちひろ、平山草太が参加し、それぞれの担当資料の読解を行った。
 今回の資料調査では、川田順造氏の学部時代から大学院時代にかけて日本の村落および都市で実施された社会調査のフィールドノート、また1960年代から1970年代にかけてのオート・ヴォルタ(現、ブルキナファソ)の長期滞在時のフィールドノートを中心に、読解および撮影を行った。具体的には、東京大学文化人類学研究室における社会調査実習、およびその後の「日本文化の地域類型研究会」プロジェクトに関わっていた川田のフィールドノートを確認し、岩手県梁川・穴沢、三重県桃取、島根県吉田村の調査の実態について読解と撮影を行った。その内容を確認する上で、社会調査実習の基本的な項目別の調査を行いつつ、川田自身の関心であった年中行事の調査が同時に行われていたことが確認された。
 これらの学部生・院生時代の調査地のうち、三重県桃取と島根県吉田村は1990年代後半から2000年頃にかけて川田が追加調査を行っており、その結果は基盤研究(A)(1)成果報告書「生業活動に伴う身体技法と体形の関連性に関する研究」(2004年4月)(資料番号578-1)にも反映されている。また、『運ぶヒトの人類学』(2014年、岩波書店)にも、追加調査のデータが部分的に用いられていることが判明した。以上のことから、川田の学部生・院生時代の社会調査の経験が、その後の研究にも接続していることが明らかとなった。
 加えて、川田の修士論文執筆に関連する資料として、浅草と小平における文化変容を主題とした調査計画書「日本における文化変化研究のための調査計画」(資料番号579-24)が見つかった。この調査計画は、川田が深川をフィールドとして調査を計画した「深川ノート」との類似点が見られる他、明治以降の日本社会の近代化を文化変化の観点から社会調査によって捉えようとしていたことを示すものでもある。川田の修士論文自体の具体的な内容は現時点で不明であるが、当該資料は川田の研究歴を把握するうえで重要な資料となる可能性が高い。
 また1960年代から1970年代にかけてのオート・ヴォルタ長期滞在時のフィールドノートは、該当ページを地域別・項目別に切り分けた整理を川田自身が行っており、それゆえにファイル単位の紙束が無数に存在するという状況で、個別の記述と全体的な文脈との関係を判読しにくい状態であった。今回改めて参照した結果、1960年代前半の調査では、ゴーデン村を主たるフィールドとしたテンコドゴでの広域的な世帯調査を実施されており、そこから1960年代後半への歴史伝承研究へと研究関心が推移し、テンコドゴの周辺地域への追加調査が随時行っていたことが示唆された。
 以上の調査を通じて、川田の研究初期における日本での社会調査とオート・ヴォルタ調査とを架橋する問題意識の所在と、その変遷を理解するための知見が得られた。

(文責:池邉智基)

※本研究はJSPS科研費課題番号23KJ0365の助成を受けたものです。