基盤共同研究 日本常民文化研究所所蔵の川田順造文書を用いた 西アフリカ史・人類学史に関する基礎的研究
「第15回資料調査」
日程:2026年5月26日(火)~5月27日(水)
調査先:日本常民文化研究所
調査者:中尾世治、小綿哲
- 写真1「東大・京大人類学合同懇話会(仮称)プログラム」(1965年6月20日)※クリックで拡大
-
写真2 ガンバガ(ガーナ北部)フィールドノート
(1968年4月13-22日)
2026年5月26日および27日に実施した資料調査には、中尾世治と小綿哲が参加し、主として1960年代における川田順造の活動に関わる資料の撮影および読解を行った。具体的には、(a)1960年代のフランス留学期を含む研究活動に関する資料群、および(b)オート・ヴォルタ(現ブルキナファソ)を中心とする西アフリカ滞在・フィールドワーク計5回分(1962年12月、1963年7~11月、1966年4~5月、1967年3~5月、1967年12月~1968年5月)に関する資料群を対象として調査を行った。
(a)1960年代の研究活動に関する資料群のなかでは、川田の指導教員であったフランスを代表する政治人類学者・社会学者ジョルジュ・バランディエによる、1963年度「黒アフリカ社会学」(Sociologie de l’Afrique noire)セミナーのレジュメ等が特筆される。また、日本の人類学史の観点から興味深い資料として、1965年6月20日に京都大学理学部で開催された「東大・京大人類学合同談話会」(仮称)に関する資料が確認された(写真1)。同資料によれば、研究発表は「東大文化人類(神戸【神部武宣の誤記と思われる】:非血縁集団について)/東大理・人類(未定)/京大自然人類(西田利貞:ヒトリザルについての研究)」とされている。その後、シンポジウム「人類学の問題点と方向」が開催され、東大・京大それぞれの自然人類学・文化人類学の立場から、「現状と展望」と題する話題提供が行われたことが記録されている。この合同談話会がその後どの程度継続されたかは現時点では不明であるが、のちに国立民族学博物館へ一部合流していくことになる東京大学と京都大学の人類学者間の交流の一端を示す資料として重要である。
(b)1960年代のフィールドワークに関する資料群では、フィールドノートを中心に貴重な資料が多数確認された(写真2)。これらのフィールドノートには、川田の博士論文における主要な一次資料となった、モシの諸王国の王統譜を記したものが多く含まれている。一方で、川田の刊行物では用いられていないとみられる資料群も確認された。たとえば、テンコドゴ周辺の村々について、各村に居住するクランの一覧と、クランごとの総世帯数を記した表が大量に見つかっている。これらの表がどのような目的で作成されたのかは、現時点では資料中から明らかにできていない。ただし、テンコドゴ周辺の村々が、どのクランを中核として形成されていったのかを分析するために作成された可能性が考えられる。このほか、ガーナ北部イェンディの口頭伝承の転写および和訳を記したノートも確認された。これもまた、川田の刊行物では用いられていない資料である。
1960年代は、日本の年中行事を研究していた川田がアフリカ研究へと向かい、歴史や物質文化をめぐる自身の人類学の問題系を形成していった時期にあたる。今回の資料調査の成果を踏まえ、次回の研究会において報告を行う予定である。
(文責:中尾世治)
※本研究はJSPS科研費課題番号24H02198の助成を受けたものです。



