基幹共同研究「常民生活誌に関する総合的研究」—便所の歴史・民俗に関する総合的研究—
2023年度活動報告 近現代における日本人の衛生観をたどる
本共同研究は、便所という設備空間のかたちや機能の歴史を整理することにとどまらず、便所という場所が有する特質についての歴史・民俗を横断領域的に検討することを目指している。とくに毎年開催している公開研究会では、さまざまな研究分野の専門家に便所の歴史・民俗に関する講演をしていただき、時代や研究分野を横断することで多くの知見を束ねることをひとつの目標としている。たとえばこれまでには、堆肥(下肥)や糞尿の交換形式に注目することでひとの排せつにまつわる慣習と生業の関係性を検討したり、厠神を祀る習俗をつうじて便所という場にみられる固有の神聖さや穢れの意識について考察したり、古代・中世の発掘調査で見出された古代・中世の便所のかたちと使われ方について議論したりというように、各回で多様な観点からのテーマを設定して検討を重ねている。
2023年度は、これまで継続的におこなっている文献調査と下記の研究会(2回)を実施した。
①第11回公開研究会:泉水英計(所員 経営学部 教授)「なぜ油虫はゴキブリになったのか—戦後公衆衛生のなかの『害虫』」2023年7月22日/横浜キャンパス8号館15講義室
②第12回公開研究会:木下直之(所員 国際日本学部 特任教授)「排泄物考-わが愛しの小便小僧たち」2024年2月21日/横浜キャンパス9号館12室 オンライン併用
第11回公開研究会では、近代(とくに昭和戦後期)における衛生概念の変化によってゴキブリが害虫として強く認識され、駆除剤が普及していく様子を中心とした発表をもとに、日本人の衛生観や衛生環境の特質について議論された。第12回では、小便小僧という彫像や文学作品に描かれた糞尿と人間の有様を通して、排泄物にたいする意識やその扱いの変容についての話題を中心に活発な議論が展開された。
なお、今後の展望として、本共同研究は基幹共同研究「常民生活誌に関する総合的研究」がテーマとする日常生活の衣食住のうち「住」の分野を担うものである。現在の活動は「便所」に注目しているが、生活の器としてその全体をなす「民家」についても来年度より徐々に検討の対象を広げていきたいと考えている。2024年度に開催予定の「100 周年記念講座」では、いまもなお失われゆく日本の「民家」に注目する計画で準備を進めている。その一部として、長野県開田村からフランスのパリに移築されていた「木曽の家 Maison de Kiso」の再移築プロジェクト(vallee-aux-loups 公園内、フランス・セーヌ県)が進行中であり、そこで行われている同民家の再評価が重要であると考えられたことから現地情報の視察をおこなった(2024年3月24~29日 須崎文代)。本共同研究では、こうした国内外における民家の保存状況や価値の再評価についての調査研究は、今後も継続的に取り組んでいくこととしている。
(文責:須崎文代)
2023年度の活動
- 第11回公開研究会「なぜ油虫はゴキブリになったのか—戦後公衆衛生のなかの『害虫』」
泉水英計2023年7月22日 横浜キャンパス8号館15講義室 - 第12回公開研究会「排泄物考—わが愛しの小便小僧たち」木下直之 2024年2月21日
横浜キャンパス9号館12室日本常民文化研究所・オンライン併用 - 100周年記念講座実施準備のためのMaison de Kiso移築状況視察ほか
2024年3月24日~3月29日 vallee-aux-loups公園事務所ほか(フランス・セーヌ県)
須崎文代