神奈川大学日本常民文化研究所

調査と研究

基盤共同研究 日本常民文化研究所所蔵資料からみるフィールド・サイエンスの史的展開

共同研究「日本常民文化研究所所蔵資料からみるフィールド・サイエンスの史的展開」
第6回 公開研究会 終了報告

環北太平洋地域の先住民族に関する研究史
 —日本人による研究を中心に—
岸上伸啓氏(人間文化研究機構・国立民族学博物館)

日程:2018年12月21日(金)16:00~18:00
会場:神奈川大学横浜キャンパス 日本常民文化研究所(9号館11室)

  • 岸上伸啓氏
  • 会場風景

 北太平洋沿岸の先住民社会には類似した文化要素がみとめられ、遡上するサケ・マスの漁撈や、新大陸への人類の移動と絡んで研究が積み重ねられてきた。岸上氏の発表は、そのなかで特に日本人の手になる研究に焦点を当てて今日までの流れを整理したものであった。
 本格的な学術研究の嚆矢となったのは、前世紀転換期のジェサップ探検隊であった。ボアズが組織した国際的な共同研究であったが、その後、ソビエト連邦の成立と東西冷戦により米ロの学術連携は阻害される。スミソニアン自然史博物館の「大陸の交差点」プロジェクトにより国際共同研究が再開されたのは1980年代後半であった。1990年代からは、ジェサップ探検の追跡調査となる共同研究(ジェサップ2)が継続的におこなわれている。この間、日本では、渡辺仁による文化要素の地理的分布の比較研究や宮岡伯人のチームによる広範な言語調査がおこなわれた。1974年に開設された国立民族学博物館では北太平洋の先住民文化に関する研究事業がおこなわれ、1991年に北海道立北方民族博物館が開設されて北方研究の拠点となった。民族学博物館での研究事業には、アラスカを対象にした小谷凱宣や、縄文期に遡る採捕民の比較をした小山修三、ピウスツキによる蝋管録音資料を利用した加藤九祚の国際的な共同研究がある。また、大塚和義、佐々木史郎、岸上伸啓は交易に焦点をあてた特別展「ラッコとガラス玉」(2001年)を開催し、先住民文化の豊かさを明らかにした。日本人の研究を地域別にみると、アイヌに関しては坪井正五郎以来の研究があり、サハリンに関しては石田収蔵と宮本馨太郎の調査、アラスカに関しては岡正雄、蒲生正男、祖父江孝男らの調査が早期の研究であった。地域間の比較では、谷本一之の民族音楽研究や煎本孝の共生と循環の思想研究がある。岸上氏はさらに直近の研究動向としてデネ・エニセイ語族仮説にも触れ、今後の課題として現地先住民社会との協働や若手人材育成の必要性を指摘した。
 以上、北太平洋の先住民社会に関する研究の流れが手際よく整理され、発表後の質疑応答も加わって、他地域を専門とする聴衆にもその全体像を把握することができた。一点、質疑応答で取り上げられなかった点を付言すれば、日本人による研究が必ずしも有効に利用されていないという指摘である。1990年代から2005年頃に谷本一之、大島稔、渡部裕、煎本孝らがおこなったコリヤークやイテリメンの調査、谷本一之の両大陸をまたぐ民族音楽調査は貴重なデータの収集に成功したが、発表言語の制約から国外の研究者に活用されないままであるという。近年の文化人類学会でも議題とされた問題であり、北太平洋研究のなかではどのような解決策が検討されるのか気になった。なお、本発表題目について岸上氏は下記の刊行物でも論じている。
『環北太平洋沿岸地域の先住民文化に関する人類学研究の歴史と現状』(国立民族学博物館調査報告第132巻、2015年)

(文責:泉水英計)